大津事件の絵も!トルコの穴場観光スポット「ムスタファパシャ」で歴史建築を見学!

ムスタファパシャはウルギュップから5kmのところにある小さな町。1890年のオスマン時代にはギリシャ人4500人、トルコ人600人とより多くのギリシャ人がいましたが、1923年の住民交換によりギリシャ人はいなくなり、建物だけが残りました。

ムスタファパシャに住んでいたギリシャ人

かつてムスタファパシャはシナソスと呼ばれていました。当時イスタンブールでキャビアビジネスを営んでいたのは、シナソス出身のギリシャ人だけだったそうです。
またシナソスは1800年代にカッパドキア地方で最も貿易文化が栄えた町で、他の町や村に比べ裕福でした。

現在は大学で栄える町

2005年からはムスタファパシャの2つの歴史建築物がKMYOと呼ばれるカッパドキア職業訓練大学として使われるようになりました。
KMYOは2年または4年制で生徒約1500人、教授と教師合わせて120人以上の私立大学です。医療関係、観光ガイド、航空関係、保育、料理、ワイン製造、農業、建築修復など学科の種類も多いです。授業料は年間1万トルコリラほど(日本円で約35万円)です。

大学内に展示されている飛行機

大学内に展示されている飛行機

大学の建物

シナソスホテル

大学の事務所も入っている建物は、1892年にハララムボス・スルタニディスという人物の豪邸として建てられました。
住民交換の後、ギリシャ人がいなくなってからは短期間学校として利用されましたが、その後はここが大学になるまでシナソスホテルとして使われていました。

建物入口のドアの上には3人の人物が描かれた絵があります。
これは1891年に日本で起こった大津事件を描いたもので、日本訪問中のロシアの皇太子ニコライが津田という警察官に刀で襲われ、同伴のギリシャ王子ゲオルギオスに助けられました。
この絵は1893年に描かれたということです。

メフメット・シャキルパシャ神学校

大学のメインの建物として使われているのが、かつてのメドレッセ、神学校です。
隊商宿であるキャラバンサライとしても利用されていました。
大学になる前は、長い間、絨毯屋として使われていました。

カッパドキア職業訓練大学(KMYO)

住所:
Mustafapaşa, Turkey
ムスタファパシャの町の中心の共和国広場にあります

コンスタンティン・エレ二教会

大学からすぐ近くの役場の隣には、1929年に建てられたコンスタンティン・エレ二教会があります。

教会には強度を上げるため、大学内同様に鉄の棒が設置されています。

入り口には5リラと料金が書かれていますが、筆者が訪れた際は誰もいませんでした。

壁の石に掘られた模様が珍しいです。

ここには長い髭を生やし黒い服を着た神父さんが時々来ているそうで、ロウソクも置いてありました。

コンスタンティン・エレ二教会

住所:
Mustafapaşa, Turkey
ムスタファパシャの中心、共和国広場の役場の隣にあります

マラシュオール橋

またこの周辺には3つの通路が開いた橋が架かっています。この橋は1865年に造られました。

マラシュオール橋

住所:
Mustafapaşa, Turkey
町の中心の共和国広場からザフェル通りを少し歩いたところにあります

最後に

いかがでしたか?
ムスタファパシャは町中にギリシャ建築が残っており、歩いて見て回れる小さな町です。
大学内には警備員がいますが、中を見せてもらうことができます。
是非訪れてみてください。

miki

トルコのカッパドキアで7人の子供たちと生活しています。

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