高所恐怖症の人は絶対無理!トルコ・オルタヒサール城でスリルを味わおう

崩れた箇所の修復作業のため、オルタヒサール城は9年もの間一般公開されていませんでした。2013年に再開してからは、オープン23日で4000人の観光客が訪れたほどの人気です。 閉鎖中にはアンカラの中東テクノロジー大学の専門家が6カ月かけて城内を調査し、ひび割れは特別な物質で修復しました。

オルタヒサール城

オルタヒサールはネヴシェヒルから15km、ギョレメから2kmのところにある小さな町です。その町の中心にあるのがオルタヒサール城です。標高1200mの場所に立つ、北側85m、南側120mの高さの10階建ての奇岩です。

オルタヒサール城に穴が開けられたのは、ヒッタイト時代が最初。その後、どんどん上階にも穴が開けられ、ローマ時代、ビザンチン時代、セルジュク時代、オスマン時代にも住居や要塞として使用されました。

ローマ時代にはアラブからの侵略を防ぐため、セルジュク時代にはモンゴルからの侵略を防ぐために使われました。

名前の由来

ユルギュップのバシヒサール城とウチヒサール城の間にあるので、セルジュク時代にオルタヒサール(中央の城)と名付けられました。この3つの城(要塞)は、この地域の防衛に重要な役割を果たしていました。

お城に登ってみよう

入口が2つ!?

左右に”城入口”の黄色い看板があり、どちらからでも行けます。
左側から行くとレストランの中を通りますが、トイレが利用できます。

お城の入口です。

中に入ると料金を払う場所があります。

階段というよりハシゴ

料金所の横の階段を上ると住居跡があります。

小さい部屋です。

ここにある階段をさらに上ります。

窓があります。

さらに奥へ進みます。

さらに上ります。

長い階段が見えます。

ここからの景色です。岩に打ち込まれたクイは信用できません。

高くて足が震えます。一段が高めの階段です。

階段は上ったものの、帰りはどうしようかと不安になります。

トンネルの両側には洞窟があり、円柱の鉄で天井と床が支えられていました。
トンネルを抜けると階段です。

上からの景色

オルタヒサールの町が一望できる広場に出ます。

階段を上ると…。

行き止まりです。

白い柱(ミナレット)がついたモスクが見えます。

時間があれば、しばらく座って見ていたい景色です。

イスハク城

オルタヒサール城から見える、オルタヒサール城よりちょっと小さい岩はイスハク城です。
オスマン時代のスルタン、メフメット2世の軍を率いたイスハクパシャが使用したため、この名前が付けられています。

ローマ時代にイスハク城には墓が作られました。

オルタヒサール城とイスハック城を繋ぐ、長さが500mで高さは40~50mの地下トンネルがビザンチン時代に掘られたと言われています。

反対側からの景色

オルタヒサール城は、少し離れた場所から城の麓のカッパドキア独特の住居と共に見るとさらに美しいです。

この場所へ行くには、町の中心の広場でオルタヒサール城を右前に見たときに、左奥の道を道になりに進みます。

坂を下りて右側の道に入って道なりに上っていくと、絶景スポットです。

オルタヒサール城から見た絶景スポットは、右中央の小屋のある場所

オルタヒサール城から見た絶景スポットは、右中央の小屋のある場所

別の角度から

もう少し離れた公園からはエルジエス山とオルタヒサール城が並んで見えます。

自然の倉庫

オルタヒサールには600~700の岩穴貯蔵庫があると言われています。
オルタヒサール城の周りにも貯蔵庫が作られました。
夏は涼く、冬は比較的暖かい貯蔵庫には、トルコ中で生産されたレモンやオレンジが運ばれて保存されました。ここで保存されたレモンは皮が薄く、みずみずしいのが特徴でおいしいです。
カッパドキア産のジャガイモやリンゴも保存されています。

オルタヒサール城(Ortahisar Kalesi)

住所:
Ortahisar, Turkey
営業時間:
8:00~18:00
入園料2リラ
冬季は閉鎖

最後に

いかがでしたか?
オルタヒサール城はウチヒサール城に比べ幅が狭いので、垂直に上っていくスリルがあります。しかし、町の人によると、観光客が落ちて亡くなったのはオルタヒサール城でなく、ウチヒサール城とのことです。危険に見える分、観光客も気をつけて上るのかもしれません。町の様子や人も昔の雰囲気が残る町で、観光地化しすぎていないところも見どころです。

この記事を読んだあなたにオススメの記事

miki

トルコのカッパドキアで7人の子供たちと生活しています。

このエリアの新着記事